AIに「ありがとう」は電気の無駄?──アルトマンは「やめて」と言っていない、実額はオーブン約1秒分
「pleaseとthank youで数千万ドル」というアルトマン発言の実物は「良い使い道」という肯定だった。平均クエリの電力は0.34Wh(オーブン約1秒分)。丁寧さと性能の関係は2024年の早稲田系研究と2025年の米研究で結論が割れており、両方を並べて残るのは「口調より指示の明確さ」という共通項。
3行まとめ
- 「AIへのplease/thank youで数千万ドル」というアルトマン発言の実物は「well spent(良い使い道)」という肯定で、「やめて」とは言っていない(本人のXでの返信による)
- アルトマンの公式ブログによると、ChatGPTの平均1クエリは約0.34Wh=オーブン約1秒分。「ありがとう」1通はさらに小さい(推定・後述)
- 丁寧さと性能の研究は割れている。2024年の早稲田系研究は「極端な失礼で劣化」、2025年の米研究は「失礼な方が+4pt」。両方に共通するのは「口調より指示の明確さ」
「アルトマンがやめてと言った」は本当か(2026年7月3日時点)
結論から書くと、言っていない。2025年4月、Xのユーザーがアルトマン氏に「みんながモデルにpleaseとthank youを言うことで、OpenAIは電気代をいくら損したか」と尋ねた。本人の返信は次の通り。
tens of millions of dollars well spent--you never know
(数千万ドル──でも良い使い道だよ。何が起きるか分からないし)
コストを認めた上での肯定とジョークであり、USA Todayなど複数媒体がこの返信を逐語で報じている。一方で、一部の見出しは「Wasting Millions(数百万ドルの無駄)」という方向に切り取って拡散した(例:Futurismの見出しは「無駄にしている」と打っている)。「AIにお礼を言うのは電気の無駄、CEOも認めた」という通説は、見出しと一次ソースのズレから生まれた話だ。
では実額はいくらか
アルトマン氏自身が2025年6月10日の公式ブログ「The Gentle Singularity」で数字を出している。原文はこうだ。
the average query uses about 0.34 watt-hours, about what an oven would use in a little over one second
(平均的なクエリは約0.34ワット時──オーブンが1秒あまりで使う電力に相当する)
| 項目 | 数値 | 出どころ |
|---|---|---|
| ChatGPT平均1クエリの電力 | 約0.34Wh(オーブン約1秒分) | アルトマン公式ブログ(2025年6月) |
| 同・水 | 約0.32ml(小さじの約1/15) | 同上 |
| 独立系の推計 | GPT-4oで約0.3Whに収束 | Epoch AI |
| 「ありがとう」1通 | 推定0.01Wh以下 ※注記参照 | トークン数からのオーダー推定 |
| 長文コンテキスト(10万トークン) | 約40Wh | Epoch AI |
| 推論モデルの1クエリ | 通常の10〜70倍 | Jegham et al.(arXiv:2505.09598) |
Epoch AIの独立推計もGPT-4oで約0.3Whに収束しており、かつて流通した「1クエリ3Wh」説は過大だったと指摘されている。「ありがとう」だけの短文は数トークンで済むため、限界コストは推定0.01Wh以下とみられる(※この1通あたりの数字は公式の逐次計測が存在せず、トークン数からのオーダー推定である点に注意)。
対比として、10万トークン級の長文コンテキストは約40Wh、推論モデルは通常クエリの10〜70倍の電力を使うという推計がある。環境負荷を気にするなら、お礼を削るより長文の貼り付けと推論モードの使い方を見直す方が、桁にして3つ分効く計算になる。
性能は変わるのか──研究は割れている
早稲田・理研系の2024年研究:「極端な失礼は劣化」
arXivに公開された「Should We Respect LLMs?」(arXiv:2402.14531)は、英語・中国語・日本語の3言語×複数モデルで丁寧度8段階を比較した。論文によると、極端に失礼なプロンプトはスコア低下・バイアス増加・回答拒否の増加を招く。一方で丁寧すぎても改善はせず、中程度が最良だった。日本語では最低丁寧度で性能が急落する一方、過剰な敬語も最適ではないという結果で、「タメ口の下限だけ避ければよい」と読める。
2025年の米研究:「失礼な方が+4pt」
ところが2025年の「Mind Your Tone」(arXiv:2510.04950、Dobariya & Kumar)は逆の結果を出した。GPT-4oに選択式50問を5段階のトーンで解かせたところ、正答率はVery Politeの80.8%からVery Rudeの84.8%へ、失礼になるほど単調に上昇した(+4pt、t検定で有意)。著者ら自身は失礼なプロンプトを推奨しておらず、論文には倫理面の節が置かれている。
共通項は「口調より指示の明確さ」
真っ向から割れた2本だが、並べると残るものがある。第一に、効果はどちら向きでも数ポイント程度と小さい。第二に、失礼な文ほど命令が直接的になるため、効いているのはトーンではなく指示の明確さである可能性が指摘できる(これは編集部を含む解釈仮説であり、検証された因果ではない)。第三に、モデルや世代で挙動が変わる以上、「失礼にすれば上がる」式の攻略法は賞味期限つきだ。丁寧語に投資するより、何をどの形式で出してほしいかを明確に書く方が確実に効く──これが両研究から言える実務的な持ち帰りになる。
人間側はどうか
- 大人への転移:ブリガムヤング大学(BYU)の274人を対象とした研究では、AIへの失礼が人間への失礼に転移するという証拠は見つからなかった。
- 子ども:未解明だが、懸念は実在する。米国の調査では子どもの65%がAIにplease/thank youを常用しているとされ、Amazonの「Magic Word」やGoogleの「Pretty Please」など、丁寧語を使った子どもを褒める機能が実際に製品化されている。
- 擬人化のリスク:擬人化研究では、AIを人間扱いすると信頼や満足は上がる一方、確信ありげな文章を正確だと錯覚する過信リスクも上がると報告されている。優しくすること自体より、信じすぎの方が実害に近い。
日本のデータは存在しなかった
編集部で8方向の文献スイープを行ったが、「日本人がAIに敬語を使う割合」の公開調査は見つからなかった(2024〜2026年の複数調査を確認した範囲で)。敬語という変数を最も濃く持つ言語圏のデータが空白のままになっている。あなたはAIに敬語派か、タメ口派か。Xで教えてもらえれば、集まった声は続報記事に反映する。
この記事が言い切れないこと──両研究の限界
- **Mind Your Tone(2025)**は、1モデル(GPT-4o)・50問・選択式のみ・トーンは接頭辞の付け替えのみという設計で、+4ptが他モデルや記述式に一般化する保証はない。
- **早稲田・理研系研究(2024)**も対象は2024年時点のモデル群であり、挙動はモデル世代に依存する。どちらの結果も「今のあなたのモデル」でそのまま再現する保証はない。
- 「ありがとう」1通のコスト推定は公式計測ではない(前述)。
出典・但し書き
- アルトマン発言:本人のXでの返信(2025年4月)。USA Today等が逐語で報道
- 電力・水の数値:アルトマン公式ブログ(2025年6月)、Epoch AI、Jegham et al.(arXiv:2505.09598)
- 研究2本:arXiv:2402.14531(早稲田・理研系、2024)/arXiv:2510.04950(Dobariya & Kumar、2025)
- 「ありがとう」1通=0.01Wh以下は公式計測のないオーダー推定
- 日本人の敬語使用率調査が「見つからなかった」ことは、存在しないことの証明ではない
- 「口調より指示の明確さ」の因果は検証済みではなく、両研究を並べた上での解釈仮説
📎 出典・一次ソース
- Should We Respect LLMs? A Cross-Lingual Study on the Influence of Prompt Politeness on LLM Performance — arXiv:2402.14531 ↗
- Mind Your Tone: Investigating How Prompt Politeness Affects LLM Accuracy — arXiv:2510.04950 ↗
- How much energy does ChatGPT use? — Epoch AI ↗
- Saying 'please,' 'thank you' to ChatGPT costs millions: Altman — USA Today ↗
- The Gentle Singularity — Sam Altman(公式ブログ・2025年6月) ↗
- Sam Altman のXでの返信(2025年4月・一次ソース) ↗
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